【日本の摂理歴史3】90年代 Ⅱ
東京では、93年くらいから日曜日にスポーツを始めたり、聖歌隊などがコンサートを開催できるようになりました。私も、当時青山学院の友人にスポーツに誘ってもらい、宣教師さんと話もしながら、すぐに聖書を学ぶようになりました。
人生の中で聖書を開く時は、人それぞれであり、開く理由も人それぞれでしょう。私個人は、聖書を学ぶ明確な理由があり、自ら学びたいという意志はありましたが、そこで共にスポーツしたり、共に過ごす学生や社会人の方の人格・行動にも大いに感化されたことも大きかったといえます。
日本に長く存在する教団の人たちと対話する中で、なぜ、そのように多くの若者が導かれるのかと問われれば、「御言葉です」と答えるしかありません。ただ居心地が良いだけで、または価値観が似ていとか、楽しさだけで、摂理に人が集まるわけではありません。
先にも書いた90年代の宗教の問題も横目で見ながら、ここで学ぶことが何が異なり、他の宗教や教派とは何が違うのか、明確に分別しながら、学んでいました。それに対する確信が確固たるものへと変化していくには多少時間がかかるとしても、盲目的な信仰ではなく、聖書にも精通し、祈りと実践を重ね、多くの若者がイエスキリストに対する信仰を抱き、今に至っているといえます。