- Home
- 【長崎奉行所か、ハビアンか6】川島牧師との対話 Ⅱ
【長崎奉行所か、ハビアンか6】川島牧師との対話 Ⅱ
川島氏はクリスチャンの方でなくても、首をかしげるしかない発言があまりにも多いです。
以下は先に上げた実践女子大での講演内容の一部です。
1)講演の中でこのような人は勧誘を受けないとか話していますが、日本基督教団の牧師兼大学教授として、何を述べたいのか、読者に判断を仰ぎます。
(以下、川島発言)『よく大学生に話しますが、何十人の人と面接した結果、こういう条件の人はカルトに入らないという4つの条件がある。4つの条件のうち二つに当てはまるなら、カルトには大丈夫です。
①不潔な人
どれくらい不潔なのかという話ですが…。一週間、お風呂に入らない。一週間、同じ下着をつけてられる。カルトの勧誘は一本釣りなので、こういう人は臭うので、臭う人は誘わない。ちょっと冗談ですが…笑
②約束を守らない人
カルトの勧誘は次、いつ会う?と約束を繋げていきます。次はいつ会う?この話続きがあるのだよ…今試験中で忙しいので、では、その後は?その日にしようと言って、また次にとなる。約束でつなぐので、約束や時間を平気で守らない人は大丈夫かも。
③自分さえよければいいという人
カルトは世界の事を考え、自分の事だけ考えていていいの?もっと世界や平和の事を考えようよ、という考え方をするから。
④向上心がない人
カルトの勧誘は変わりたいでしょう?といって、ステップアップしたくない?という風にきくので、今で満足してますという人は大丈夫かも。
2) 川島牧師は、大学が学生の信仰に介入することの違法性を認識していながら、あえて介入し、または介入を勧めている点で問題
(以下川島氏発言)『もし学生がもしくは、大学の中であの子は摂理である、あるいは統一教会である、あの子は顕正会であるということが、わかった場合ですが、その場合として覚えていてほしいことが、その子が単独の入信なのか、家族ぐるみの入信なのかを必ず確認してください。
親も摂理である、親も統一教会である、親も顕正会であるという場合もあります。
摂理はまだ、まだ大学生にはなってないとは思いますので少ないと思いますが、そういう場合は、その子を救うことは大学にはできないと思って下さい。もう放置ですね。
しかしその子が卒業するまでは学内で勧誘活動する恐れがありますから予防ですね。オリエンテーションの時期にカルト予防のためのレクチャーをするとか、講義の対策をする。なぜ親ぐるみだとできないかというと、その脱会させることができるのは、その子に対して、プライバシーに踏み込んで、かなりの時間、相談に乗れる人じゃないといけないのですね。それは親とか、家族しかできないです。大学の職員がそこまでできないのであきらめる。
逆に単独だとわかれば、なんかの口実使って、宗教を口実に呼び出すことはできないということに公式にはされていますが、恵泉にそういうことがあった場合においては私の責任で親を呼んでもらってしまっています。なかなか、そういうことが理解されない場合が多いので、その場合には、成績が落ちている、欠席が目立つとかいうことを理由に呼び出して、成績が落ちた理由ということを聞き出すなかで、あそこの団体に入っているのだということで、親に弁護士などを紹介して救出に入ってもらうということがあります。
その確認作業を是非、やるかやらないかで、問題が随分変わってきますね。』
3) 日本基督教団は強制改宗に至る監禁の事実を隠蔽しているが、教団に属している川島牧師は、その事実を公然と認めている。
質問者:愛澤豊重牧師は、摂理のメンバーを監禁して悪評を聞かせて脱会させたりするけれど、それはやり過ぎなんじゃないですか。
川島牧師:それはもう我々の間では、もう、ああいう方法はだめだというのは、ひとつの統一見解。うん、あの方法はまず統一教会に対して始めたのね、摂理にせよ、統一教会にせよ、ずっと教え込みの段階で、インターネットや雑誌やマスコミの言うことは聞くな、という感じで巧みに教育されて・・・そういう状態が作られている。そういう状態で話をしようとしても、なかなからちがあかない。やはりその状況をリセットしなきゃいけないよね、ってことで、マンション借りたり、ホテルを一部屋予約して、そこに一週間とか二週間とか、そういうまあ携帯も取り上げるし、外と連絡取れないような状況で、まずはあ親子でゆっくり話し合ってくださいよ、と。まあ自分の頭で考えて、と。
それをしないとなかなか救出できないってことを体験的にカウンセラーたちは学んだと思う。統一教会の人たちの話だと。で、ああいう一つの手法、あの拉致監禁ていう方法を確立して、80年代から90年代にわたって20年くらいかけて確立してったわけ。
(中略)
一教会が謝ったのかっていう判決でもない。まあ、喧嘩両成敗的な。統一教会は統一教会で、私たちの主張が認められた、っていう。こっちの、救出側は、慰謝料の支払いは結局却下されたわけだから、我々が勝ったっていうこことになるし。
結果的には統一教会の人たちが実際は勝ったと言えると思う。なぜかと言うと、統一教会、統一教会側からすると、あの裁判の目的は、裁判に勝って慰謝料を取ることが目的じゃない。こういう、拉致監禁みたいなことは、これから裁判を起こすぞ、ということ。
で、統一教会はお金あるからさ、弁護士つけて5年、10年裁判するのは何でもない、屁でもないわけ。でも救出側は、弁護士さんを10年つけて闘うって、私もカンパしたけど、大変なことなんです。だから、あの事件を境に、救出する側も、もうこの方法は今の時代はもう使えないねっていうことになった。昔はそれなりにそれで成果も上げたけど、もう、こういう強引な方法はだめですね、っていう。弁護士さんも。